主観と客観

 とある友人と音楽論談義するのは今に始まったことではないのですが、最近はよく音楽の「主観性」と「客観性」について考えたりしています。なぜカテゴリが同人音楽なのかという理由に対して、ネタにしているのがそっち方面なので…。
 同人に限らずゲーム系の音楽には「客観的」なものが多いと思っています。そもそもBGMとしての役割が、脇役的な要素があるので音楽そのものが主張するというのは滅多に無いことだと考えています。よって音楽を「主役」として扱うか「脇役」として扱うかで作り方が変わってくると思います。
 こうやって考えてみると、ミスマッチングと言う現象も「配役ミス」というので説明ができそうです。例えばどう考えても「主役級*1」な音楽を脇役に使おうとすると、全体的におかしくなったり、その逆もしかりですね。
 音楽を主役として扱う場合、他の要素の助けが無ければ、作り上げるのに苦労しそうです。逆に脇役として扱う場合は、以下にして他の要素(主役)を引き立たせるかに苦労するかと思います。
 難しい話ですが音楽としては次の三種類に分類できるのではないかと思います。

  1. 独立したもの
  2. 主役的なもの(他の要素と混在した中で)
  3. 脇役的なもの(他の要素と混在した中で)

1はいわゆる絶対音楽と呼ばれるもの、2は標題音楽が近いかもしれません。3は現代で言うところのBGMかな…。それぞれ音楽としての優劣は無く、確実に言えることはそれぞれで作り方が異なるし、求められる能力(才能)が異なってくるのではないか、と思います。

*1:ここでは役割としての音楽を言っているので、主役級の音楽が脇役より勝ると言うことではない。